ユウ、ヒロ、ナツの戯言

男3人による戯言、雑記、日誌を散文的に

時代・26歳

2006年、まだスマホが登場する前。部屋ではTVを流していた。ほりえもんが世間を騒がし、安倍首相が経済政策を声高に主張している。村上ファンドの社長が逮捕され、トリノ五輪では荒川選手がイナバウアーを決めた。ラジオで夏は湘南乃風純恋歌、冬はレミオロメンの粉雪が執拗にリピートしている。

 

さよなら、表現者になりたかった自分

 

池袋のシアターグリーンでは、劇団スペースノイドが「スタンレーの魔女」を満員御礼で開幕した。この作品が俺にとって最後の映像協力となった。これを最後に映像制作からも離れることになる。いつも以上に舞台を注視したよ。舞台上で躍動するヒロフミたちの真剣な眼差しを忘れない。Tシャツの裾を後ろから掴まれている気分でそれでも俺は前に進んでいると思ってたんだろうな。この男たちに惜しみない賛辞と羨望の眼差しを贈り、俺は社会の渦へと進んでいく。俺は表現者ではない。観客だ。

 

アンダーグラウンド・池袋を疾走する虚しき者たち

 

風俗に早くも飽きた俺たちは、よりディープな闇へと向かっていく。たどり着いたのが「アダム&イブ」というバーラウンジだ。ここは逢引斡旋バーである。俺たちは夜な夜なここに通い、女を見繕ってこの店を出ていく。飲み直すこともあれば、カラオケに行くこともある。しかし大抵はホテルに行くもんだ。急にウィッグをはぎ取り坊主頭を晒してくる女、足の裏までタトゥが入った女、三十路を過ぎて自分の性を試したい女、リストカットだらけの女…。2時間後、同じホテルに入った悪友と連絡を取る。男たちも女たちもホテルのやっすいローブを羽織っただけの姿で、ホテルを抜け出しそのまま池袋の夜を笑いながら走った。馬鹿なやつらが馬鹿なことをしている。そのことを池袋の夜は許容してくれる。ホテルまで戻るとそれぞれの部屋に分かれ、朝まで少し眠る。こんな一夜限りの関係でも寝るときに女は俺にくっついてくる。心は通じなくとも人肌の温もりが彼女たちを癒すのだろうか。愛でもない恋でもない。底辺で藻掻く俺たちは虚しい性交渉を終えると、もっと虚しくなる。だけど俺も人の温もりを感じたりしていた。

 

いざとなったら犯罪の線引きも曖昧になる

 

入社4年目となると会社では格好の餌食だ。給料は安いままで膨大な仕事を振られる。相変わらず借金をこしらえながら、終電まで仕事しそこから飲みに行き夜中のタクシーでは自己嫌悪に陥る。週末のホテルでのバイトも変わらずだ。この生活がいつまで続くかなんて考えたくもなかった。バイト仲間に中国人の青年がいた。俺よりも少し年下だったと思う。片言ながらも日本語のコミュニケーションには問題ない。そんな彼が俺に提案してきた。「中国人と結婚しないか?」聞けば、ビザ取得のために日本人と婚姻するというのが横行していたらしい。結婚しても一緒に住むことはなく、関係性はもたなくていいと。報酬は100万円だそうだ。今思えばどうせ「×」のつく俺の戸籍。100万円でくれてやってもよかったな。なんて当時は思えなかったけれど。その青年と俺は毎日食糧をホテルの冷凍室から盗んでいた。それも彼に教わった処世術ではある。お蔭で食費が浮く。浮いた金はまた酒に消えていく。

 

真夜中の3時、何者でもない俺たちはただ寄り添っていた

 

この頃、N子とはよく飲み歩いた。大学の飲み会があっても俺とN子が参加できるのは深夜だ。とっくに解散している。そのまま二人で朝まで飲んだ。今でも覚えているのはクリスマスの日に渋谷のクラブにふたりで行った日のことだ。俺はクラブなんか行かない。N子は嵌っていたんだ。激務をこなし、不条理に晒され続けた彼女はこの頃だけだが俺と同じように狂っていたんだと思う。べらべらに酔っぱらってクラブを出たのは真夜中の2時、ふたりしてヨタヨタと歩きながら渋谷のホテル街の外れで目の前に光るネオンは「空室あり」。「ねみーわ」なんて嘯きながらホテルへと入っていく。頭は朦朧としつつも「やるのか?」「やれるのか?」心が騒めきだす。とりあえずシャワーを浴びると徐々に思考もクリアになる。「あ、俺やれねーわ」と思った。別に倫理感じゃない。友情を保ちたいということでもなかった気がする。「この女とはできない」そう思っただけなんだ。このことが結果論として長く続く友人関係を強固のものにしたとは今は思っている。恋人にも愛人にも成れない俺たちは共に暗い時代を歩む戦友だった。一緒のベッドで添い寝しながら、お互い眠れずに天井を見上げたままぽつりぽつりと彼女が話し出す。天井の鏡に映っている俺たちはどんな顔をしていただろうか?

 

「こないださ、彼が自分の息子に電話している会話を聞いたんだよね。」

「うん」

「すごくいいパパって感じでさ」

「うん」

「この人、お父さんなんだって思って」

「うん」

「もうこの関係続けられないわ」

「うん」

 

2年後にN子は結婚する。もちろんこの不倫相手ではなく誠実そうな青年と。ハワイでの挙式には行けなかった代わりに俺は友人代表スピーチを文章にして送った。その返答は、「あの日、何もなかったことが尊いね」だった。

 

続く